【カシミヤの故郷を訪ねて】人間はカシミヤを虐待していないのか?を確かめたい
現地訪問に、私には一つ秘かな目的が有りました。それは「カシミヤの飼育や原毛収穫の中でカシミヤへの虐待がないか?」でした。それは、カシミヤを本業として世界一のカシミヤメーカーを目指すには、「カシミヤと人間は絶対にウィンウィンの関係でないといけないと思っていたからです。あり得ないと思いつつも、もし万が一人間がカシミヤを虐待してカシミヤのうぶ毛を得ていたら、本当に残念だけどカシミヤの仕事を諦めざるを得ないと覚悟していました。
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世界最高峰のカシミヤを求めて、中国の秘境アラシャンへ
カシミヤは中国・内モンゴルやモンゴル共和国をはじめ、中央アジアのゴビ砂漠やタクラマカン砂漠の周りのキルギス、インド、アフガニスタンなどの高地で気候の厳しい環境に生息するカシミヤ山羊のうぶ毛から採れます。中でも最もグレードの高い原毛を産するのが中国内モンゴルです。
現地訪問に、私には一つ秘かな目的が有りました。それは「カシミヤの飼育や原毛収穫の中でカシミヤへの虐待がないか?」でした。
それは、カシミヤを本業として世界一のカシミヤメーカーを目指すには、「カシミヤと人間は絶対にウィンウィンの関係でないといけないと思っていたからです。あり得ないと思いつつも、もし万が一人間がカシミヤを虐待してカシミヤのうぶ毛を得ていたら、本当に残念だけどカシミヤの仕事を諦めざるを得ないと覚悟していました。
それはチベットに住むチルーという動物と人間の悲しい歴史を知ったことに起因します。それを教えてくれたのはケケン(一般財団法人ケケン認証センター)の木村さんでした。
*ケケンは元々毛検査協会という元通産省の外郭団体、カシミヤなどの判定を行う会社
チルーはアジアのチベットなどの高地に住むウシ科の動物で、カシミヤより細い毛を持った動物です。家畜化が出来ずチベットの標高3千メートル以上の高地の自然界で生息します。その毛で作られたシャトーシュというスカーフは世界最高のウールとされていますが、その毛を得るにはチルーを殺して毛を採取するのです。その為に20世紀はじめ頃には100万頭も生息していたのが今では7万5千頭しかいなくなり絶滅危惧種になりワシントン条約で採取が禁止されているのです。
初めて本物のカシミヤに会える期待と、万が一カシミヤの虐待という場に遭遇したらという微かな不安を抱えての旅立ちでした。
カシミヤと人間の良い関係を知る
長年の念願が叶ってカシミヤの故郷を訪れたのはプロの間で世界一と評される、中国・内モンゴル自治区の阿拉善(アラシャン)左旗地区。5月末の阿拉善は春たけなわの頃でした。
阿拉善へは日本から北京へ飛び、国内線に乗り換えてさらに西の内陸へ飛行機で約2時間。銀川(インチョワン)が一番近い街です。
銀川は寧夏回族自治区の州都。チンギスハーンの頃は西夏王国がありました。黄土高原に近く日本にまで飛んでくる黄砂の源のような処ですが、黄河の中流域で水も農産物も豊かな街です。
銀川出発の朝。昨日までは大通の向かい側の建物も見えないぐらい厳しい黄砂も止み抜けるような晴天の元、万が一の備えのかなりの量の水のペットボトルを車に積み込みいざ出発!
銀川の街を外れると荒涼とした半砂漠で、その中を頼りなげに走っている一本の舗装道路を内モンゴルとの境の賀蘭(ホーラン)山脈に向かってひた走ります。
山々は樹木が全く無く、僅かに草や潅木が生える半砂漠で、両側は地平線の彼方に山々が連なる広大な大地です。
寧夏回族自治区と内モンゴル自治区を分ける賀蘭山脈の中腹に差し掛かると崩れかけた万里の長城が現れ、つくづく遠くまで来たことを実感します。
一六〇〇メートルの峠を越え内モンゴルに入ると阿拉善左旗です。とうとう阿拉善まで来たと、感慨ひとしおです。
ここでカシミヤの集毛業者の劉さんと合流し、劉さんの先導で牧民の杜さんの自宅兼放牧地へ向かいます。
しばらく走って先導の劉さんの車がいきなり舗装道路を外れて半砂漠の中に乗り入れます。車の轍がかすかに残る砂の中に車が入ると、頭が車の天井につくぐらいに激しくゆれる道なき道です。
それにしても広大な砂漠の中に牧民の家を探すのは劉さんの案内なしでは絶対に不可能です。
迎えて頂いた杜さん夫婦は父親の代からカシミヤ牧民をやっているという。広い半砂漠の中のぽつんと一軒家。家の外壁は煉瓦積みで簡素だけれど家の中は思ったより明るい。
杜さんの家族は4人。小中の2人の女の子は学校が遠くここからは通えないので寄宿舎に入って週末に帰ってくるのを楽しみにしていると目を細めます。山羊のミルクの入ったお茶と羊の油で揚げたという『かりんとう』で迎えていただく。なかなかの美味です。
カシミヤの収穫は年に一度。杜さん夫妻にとって今が一番忙しいときなので、日本からのお土産を渡し、早速カシミヤの採毛を見せていただくことに。
杜さんが、「じゃあ」と言いながら、もこもこのカシミヤの足をひょいとつかみ左右の前足と左右の後ろ脚をアッと言う間に縛ります。カシミヤはビックリして足をバタバタさせます。私も驚き、「なんで縛るんだろう」、と思います。がすぐに静かになりました。
カシミヤの採毛はバリカンで刈る羊の毛刈と違って熊手のような道具で長い剛毛の内側にあるうぶ毛を梳きとるんです。チルーのようにカシミヤを殺す最悪のことではないことは解ったけど、今度は毛を梳かれるカシミヤが痛がるんじゃないかと心配になります。しかし私の意に反してカシミヤはとてもおとなしい。
自分の目で確かめたカシミヤと人間の良好な関係に安堵と感激
カシミヤの採毛はバリカンで刈る羊の毛刈と違って、熊手のような道具で長い剛毛の内側にあるうぶ毛を梳きとるんです。
ひと櫛ごとにかなりのうぶ毛が獲れます。見事なうぶ毛というのが私にでも分る長くて細く柔らかい毛です。
今までの疑問や危惧していたことを正直に杜さんに訪ねました。杜さんは私の失礼な質問にもニコニコ顔で答えてくれました。
*カシミヤは一生の間本当に虐待されることはないのか?
『カシミヤは、私たちとずっと一緒に生活している我が家の大事な家族で財産。週末になって寄宿舎から帰ってきた娘たちの一番の遊び友達だから虐待なんてあり得ない』
* 人間は髪を抜かれたら相当に痛いけど、うぶ毛を取られるカシミヤは痛くないの?
『カシミヤのうぶ毛は冬毛で夏になると自然に生え変わる毛を人間が貰っている』
『自然に抜け落ちるぐらいなので梳いても痛くないし、人間が梳かないと自然に落ちるか、岩などに体を擦りつけて毛を落とそうとする。そのような毛は砂が入ったり痛んだりするので今の時期に梳いてあげるのがカシミヤにとっても良い』
* 羊の毛刈りでは羊は縛らないのに、なぜカシミヤの足をしばるの?
『山羊はヒツジのようにおとなしくないので暴れて人間が怪我をしないように軽く縛るだけ。だからすぐにおとなしくなる』
なんでそんなことを聞くのかという表情で話してくれました。
実際に毛を梳かれているときおとなしく、トローンとした目を見ていると気持ちよさそうに見えるのです。
日本にいたときから虐待することは絶対にないと思っていましたが、自然に落ちる冬毛とは知りませんでしたので、「毛を梳かれるカシミヤは痛くないのか」という疑問が氷解した時は心底安心し、「これでカシミヤの仕事を続けられる」と、最高に嬉しい気持ちになりました。
うぶ毛を梳かれたカシミヤはさっぱりして、床屋さんに行った感じです。昼近くになると5月でも屋外の気温は30度を越えています。空気が乾燥しているので汗は出ないけど陽の光はとっても眩しい。これからは40度を越すような日が続くので冬毛のままではそれこそ可哀想です。
長年の疑問が氷解して、改めて毛梳きを体験させてもらいましたが、5分も毛梳きをすると腕がだるくなってすぐに音を上げてしまいました。杜さん夫妻の手つきはさっさっとリズム良く梳いて小一時間ほどで梳き終わります。テレビで見たヒツジの毛刈りは5分ほどですが、カシミヤのうぶ毛の収穫はヒツジに比べるととても重労働です。
今回ここに来るまで頭の片隅に、「ひょっとすると、人間のためにカシミヤが強制的にうぶ毛を取られることがあるかもしれないという危惧があったので、牧民とカシミヤの良い関係を視て、自分の仕事はカシミヤの犠牲の上で成り立っているんじゃなく、あの可愛いカシミヤにとっても良い事だと知って心底嬉しくなりました。これを知ったのが今回の旅の一番の収穫でした。
杜さん宅からの帰途、地平線まで続くような広大な内モンゴルの半砂漠の中を走っていると、白いカシミヤ山羊の放牧の群れが点々と現れます。とっても幸せな気分になれたカシミヤの故郷訪問でした。