カシミヤニットのカスタムオーダー UTO

骨董通りの鑑定団

何やら縁が・・・。

 表参道駅から骨董通りに入った片隅にあるペンシルビル、「澁澤ビル」の6階で会社を立ち上げ33年が経ちました。小さな10坪の事務所でエレベーターが開けばそこから仕事場。大きな窓から骨董通りを見下ろしながら、毎日仕事していました。
 窓の下に見えたのは、ここの界隈では珍しい柳と風情ある日本家屋の和菓子屋「菊屋」。右隣は、伊万里焼の店「からくさ」がありました。気になったのは、その店先にいつも立っていた和服姿のいかつい親父さん。まるで通り全体を睥睨するように、威圧感のある佇まいで立っている姿が目に焼きついていました。

 それから1年ほど経ったころ。テレビ東京で『開運!なんでも鑑定団』が始まりました。
 素人の自慢の“お宝”を、プロの鑑定士が見極め、値段が高ければ誇らしげ、逆に安ければ落胆し、時には視聴者も羨むというバラエティ感に、島田紳助のやんちゃで軽妙な語りと、石坂浩二の知的で紳士的な雰囲気が見事に絡み、たちまち人気番組となりました。
 「あれ!?」と思わず声を上げました。鑑定士の席に見覚えのある顔が。そう、あの「からくさ」の和服の親父さんです。
 中島誠之助さんはこの番組であの名台詞「いい仕事してますねぇ!」で一世を風靡し、番組の名物鑑定士になりましたね。
 その後、UTOは一度骨董通りを離れ、数年後に再び戻ってきたのですが、あの「からくさ」はすでに別の店に変わっていました。

 澁澤ビルの隣の1階は、当時は優しい物腰のおばちゃんが営むお蕎麦屋さんで、その2階には、飛行機専門の模型店「ウィング」があり、お訪ねしたことがあります。ご主人の矢野さんは、鑑定団に出演している“おもちゃコネクター”こと北原照久さんの親友。というより、コレクションの師匠だったようです。
 お会いしたとき、矢野さんはご病気で車椅子生活でしたが、ご自身の貴重な本をくださり、昔話をたくさん聞かせていただきました。

 そもそもこの「骨董通り」という名前を名づけたのも、中島誠之助さんご本人なのだとか。通りの奥の方には、西洋骨董の鑑定士をされている阿藤さんのアンティーク店もあり、「鑑定団」や「鑑定士」という言葉が妙に身近に感じられる街。何となく縁を感じます。

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