UTO(株式会社ユーティーオー)

ホテル ブリストル  ウィーン・オーストリア

 旅行屋の時のメインの仕事が、アマチュアの音楽家達の海外の音楽際への参加や、『自分たちのコンサートを開催するという夢を実現させる旅』が主な仕事でした。

 1970年代ですから海外へ渡航する機会はまだまだ少なく、ましてや自分たちの普段の練習の成果を披露するチャンスは殆どなかった頃ですからかなりユニークな旅行屋でした。

 そんな音楽の関係で、オーストリアのウィーンを訪れる機会は他の都市に比べると多かったと思います。

ウィーン ブリストル 

 ウィーンを代表するホテルはなんといっても、インペリアル・ホテルと、このホテル・ブリストルでしょう。

 どういう訳かその二つに泊まる機会があったことはラッキー、というより不思議な気がします。

 音楽の都らしく、インペリアル・ホテルはウィーンフィルの本拠地のムジークフェライン(楽友協会)のまん前で、このホテル・ブリストルはスタッツ・オ・パ(国立オペラ劇場)のまん前。立地が流石にウィーンだと思います。

オペラ座内

 このホテル・ブリストルは忘れられない思い出があります。それは旅行屋になって間も無い頃ですから、1971~2年だったと思います。

 旅行のカウンターに来社されたお客様(とっても品の良いご婦人)でした。『ウィーンのオペラ座でのオペラの切符が取れたので、航空券を手配してほしい』という依頼でした。1970年代時はじめですから、ヨーロッパまでの航空運賃は60万円以上だったと記憶しています。60万円といえば当時の僕の年収以上でしたのでびっくりしました。

 九州の島原から出てきた田舎出の貧乏人にとって、60万円もかけてオペラを観にヨーロッパに行くということは想像の外の外でした。世の中にはこんな人もいるんだ!

ホテル ブリストル

 飛行機の予約が取れたので、ホテルも予約することになりました。その時予約したホテルがこのホテル・ブリストルで、「オペラ座の前にだから便利なのよ」とおっしゃったので、『ホテルブルストル』は僕の頭に深く刻まれ、『いつかウィーンに行く機会があったら絶対に訪れなければならないホテルになりました。

 

 幸いにも、その3年後に自分が作ったツアーでウィーンを訪れることが出来、その時は超幸運にもオーストリアの迎賓館と言われるインペリアル・ホテル泊でした。そして自由時間に一番に行ったのはもちろんこのホテル・ブリストルでした。あぁ、「あのお客様はここに泊まられたんだよなぁ」と、しみじみ思いだしたホテルです。

トラム

 ホテル・ブリストルに泊まることが出来たのが78年。

思っていた通りの豪華クラシックホテルでしたが、自分がここに泊まることになったことより、あのお客様が甦ったことの印象が強いホテルでした。

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