カシミヤニットのカスタムオーダー UTO

カシミヤおやじの青山・表参道界隈の三十年 (2)

 青山通りに面した「紀ノ国屋」の手前に「花茂」という花屋さんがありその前が三差路になっていて、ここから六本木通りまでが骨董通りと呼ばれる通りです。

 30年前は三差路の左の角にはガソリンスタンドがあり隣に「嶋田洋書店」という小さな洋書屋さんがありました。写真集が主で、ファッション、建築、お庭、花、ペット、車など見ているだけで楽しい洋書屋さんでしたが、93年に新しいビルに建て替わり、1階は「マックスマーラ」が入っていますが建て替えを機に嶋田洋書店は住宅街の奥に移転しましたが、残念ながらその後閉店してしまいました。

 骨董通りに入って左奥には古いビルが2棟ありましたが東日本大震災後に新しく建て替わって骨董通りの入り口付近はとっても奇麗になりました。

 「小原流会館」は今もあまり変わりませんが30年前には大きなセコイアの木があり季節の移ろいを見せてくれていましたが無くなりました。向かい側には住友銀行がありましたが、ご存じの通り合併で名前が変わり支店統合で3丁目に移り、今は港信金から何回も名前が変わった「さわやか信金」が入っています。

  小原流会館の先の橋本ビルの地下にはサントリーの「マリーンクラブ」というヨットをイメージしたおしゃれなレストランがありました。隣は現在当社が入るたつむらビルがありますが、その先のニッカビルの地下に「ウスケボー」という英国調の大航海時代をイメージしたレストランがありお昼に両方ともよく利用していました。洋酒屋さんが経営するレストラン同士各々の特徴がよく出ていて、明るいマリーンクラブは女性客が多く、重厚なウスケボーはもっぱらおじさんが主体でした。

 数年してマリーンクラブは退店しイタリアンの店が入りましたが続かず、今は「隠れ房」というお店です。ウスケボーはニッカの本社という自社ビルということもあってか長く続いていましたがコロナ禍でとうとう無くなりました。

 青山の飲食店はお昼は賑わっているけど夜がとっても難しいようです。

 この橋本ビルの1階は当初イタリアのデザイナーの「ベルサーチ」で、ベルサーチが亡くなった後はすぐに娘さんの「ベルーサス」になりましたが間も無く「ヒロコ・コシノ」に変わり、その後は「コメ兵」になり北欧の「スカンジナビアン・ファニチャー」が今月オープンしました。

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