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明治神宮へ

表参道は今や東京の中でも屈指のファッション街になっていますが、元々は明治神宮の表参道。地下鉄の駅名も表参道ですが、1972年(昭和47)までは神宮前という名前でした。平たく言えばここは明治神宮の宮前商店街なんです。

参道が始まる青山通りの角には大きな石の灯篭があります。左側の鳥居の前のみずほ銀行は神宮が出来た頃には富士銀行の前身の安田銀行としてここにありました。ここの前は昼間は待ち合わせの人でいつもいっぱいです。向かい側は交番で、ここの交番も道を尋ねる人がひきも切らないほど忙しい交番で、一日に何人来るんだろうと思うぐらいです。

2012.7.23 表参道 灯篭031.jpg

ここから参道は緩やかな下りで両側は有名なケヤキ並木。右側は二月にオープンした表参道ヒルズ、左側はシャネル・ルイビトンなどヨーロッパの超一流店が続きます。ずっと下り坂で明治通りが一番低く、ここには昔は渋谷川という川が流れていました。その先は原宿駅までゆるい上りです。
神宮の入り口は原宿の駅の奥で青山通りの入り口から約1キロの参道ということになります。

  明治天皇が崩御された後、大正9年11月1日、政府は原宿の裏に70万平方メートルの人造林を作って明治神宮を作ったんですが、この広大な敷地の大半主は幕末に桜田門外の変で暗殺された彦根藩主の大老井伊掃部頭直弼(いいかもんのかみなおすけ)の下屋敷跡なんです。
明治以後になってこの一帯は代々木原と呼ばれ、軍の練兵場、戦後はアメリカ軍がワシントンハウスとして進駐軍住宅にしていたという経緯があります。

2013 明治神宮の鳥居.jpg

神宮内苑に清正井戸というきれいな湧き水があります。この井戸は渋谷川の水源の一つで渋谷川のほうに流れて合流しているそうです。小さな湧き井戸ですがどうして加藤清正の名前が付いているんだろうと不思議だったんですが、此処も皇居の桜田門外にある井伊邸の敷地も徳川家康が江戸に入ってまもなく加藤清正に与えたものだそうです。ところが清正が亡くなった後、加藤家は取り潰されて、後に両方とも井伊家に与えられたという経緯があるそうです。
この湧き井戸の横が切手の絵柄にもなった有名な明治神宮の菖蒲園です。5月の連休が終わった頃、深い神宮の森の中の菖蒲園は色とりどりの花が咲き競い、東京の渋谷区とは信じがたいほどの別世界です。ちなみに渋谷区の花は花菖蒲。
 
神社と言えば『鎮守の森』。明治神宮の森もうっそうとした森になっていますが、ここは代々木原と呼ばれる殆ど裸の広場に約360種9万本の木が植樹されたものだそうです。それらの木々は国内はもちろん当時の植民地だった樺太、満州、朝鮮半島、台湾からも献木されたそうで現在は約250種17万本の木々が育っているそうです。献木された木々を植栽するために1万人以上の若者が奉仕して植えたそうです。 神宮の森と参道のケヤキ並木は東京の貴重な緑として貢献しています。

2013 明治神宮濯場.jpg

2013 明治神宮本殿.jpg

今年の正月も明治神宮は初詣の人が約300万人という参詣者で賑わったそうです。

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