カシミヤニットのカスタムオーダー UTO

カシミヤおやじの青山・表参道界隈の三十年(1)

  会社を創業した30年前は40代という若さゆえ、表参道・渋谷間はよく歩いていました。

 渋谷から宮益坂を登って坂の上までくると、左側に志賀昆虫店という間口一間ほどの小さなお店がありました。ここは九州の田舎の島原の私が知っている東京で唯一のお店でした。

 小学校低学年の頃から蝶を追っかけて昆虫学者になるのが夢で、採集用具はここから郵便で購入していました。学者を諦めてビジネスの世界に入ったので特別な想いで前を通っていました。

 お店に入ると、アルコールやホルマリンの匂いがして、アマゾン産のモルフォ蝶や迫力満点の東南アジアのクワガタなどの標本が並ぶワクワクの世界でした。

 

 もう少し行くと左側に第一園芸がありました。お花も大好きで空いた時間が出来るとよく覗きました。

 普通お花屋さんは10坪ぐらいですがここはワンフロア―が100坪以上もありビルの1階から7階まですべて一つのお花屋さんという豪華版でした。確か三井のグループ会社と聞いて「あの三井がお花の店をやるんだ!?」と、思った記憶があります。

 一階が贈答用の花のフロアーで超豪華なギフト用の花と大きな観葉植物に圧倒されました。残念ながら95年ごろにビルの再建で移転したようです。その後は普通のビルになってしまいました。

 その先がこどもの城と国連大学校です。丁度青山学院の向かい側になりますが、ここは以前都バスの車庫で、70年代にここの裏で友人と海外旅行の会社を立ち上げて、一日中排気ガスの匂いに悩まされていましたが、思い掛けず20年後に青山でニットメーカーを創業し縁を感じました。

 当社の創業とほぼ同じ時にこの国連大学校がスタートしました。丹下健三設計の建物は珍しい三角形でアジア初の国連機関と言う先進の青山を予感してワクワクしました。

 ある日、多くの警察官が出動し厳重な警備に何事だろうと思っていたら、国連大学校の開所式に当時の皇太子殿下が出席されて、『国連の施設だから皇太子殿下も来られるのか』と感心していると、そこに外のマークの付いた高級車が次々と到着し、さすが国際的な東京だと驚いた記憶があります。

 その時に、外のマークの車は在日外国大使館の車で、丸の中に外は大使の車で車自体が治外法権だと教えてもらい二重に感心した記憶があります。

 

 青山通りと骨董通りのT字路の角に紀ノ国屋が有ります。日本最初のセルフ式スーパーマーケットだそうですが、一般的なスーパーとは大違いの在日外国人や高級レストラン御用達のような超高級店です。

 三十年前は外国の食材が殆どない時代でここには見たことがない食材が沢山並んでいました。日本人には馴染みのない食材でも、遠い外国から日本に来て日本で味わえる祖国の特別な味でしょう。

 

 今は建て替えられたガラス張りのOMOというビルの地下で営業していますが、会社はJR東日本に買収されてしまいました。

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