2008.10 中国・内モンゴルに世界一のカシミヤを訪ねる
* カシミアおやじのたわごと *
秘境・阿拉善(アラシャン)左旗(サーチー)の半砂漠にカシミヤの群れが・・・。
長年の念願が叶ってカシミヤの故郷を訪れたのは、世界一と評価されるアラシャンカシミヤが獲れる、中国・内モンゴル自治区の阿拉善左旗地区。
5月末の阿拉善は春たけなわの頃でした。
阿拉善に行くには日本から北京へ飛び、さらに西の内陸へ飛行機で約2時間。銀川が一番近い街です。
銀川は寧夏回族自治区の区都。チンギスハーンの頃は西夏王国があったところです。黄土高原に近く黄砂の源のような処ですが、黄河の中流域ために水も産物も豊かな街です。
出発の朝は昨日までの黄砂も止み抜けるような晴天の元、かなりの量の水のペットボトルを車に積み込みいざ出発!
銀川の街を外れると昔旅したアメリカのアリゾナの砂漠を思わせる荒涼とした半砂漠で、頼りなげに走っている一本の舗装道路を内モンゴルとの境の賀蘭山脈に向かったひた走ります。
山々は樹木が全く無く僅かに草や潅木が生える半砂漠で、両側は地平線の彼方に山々が連なる広大な大地です。ここにカシミヤ山羊が生息すると言われてもにわかには信じがたいぐらい荒涼としています。
寧夏回族自治区と内モンゴル自治区を分ける賀蘭山脈の1600メートルぐらいの峠を越え内モンゴルに入るとついに阿拉善左旗です。
ここでカシミヤの集荷業者の劉さんと合流し、劉さんの先導で牧民の杜さんの放牧地へ向かいます。とうとう阿拉善まで来たと、感慨ひとしおの気分だったんですが、カシミヤとの出会いは唐突でした。
阿拉善に入って暫く走って山の裾を通り過ごしたとき、道路のすぐ傍で放牧されたカシミヤの一団と遭遇。あまりにも突然で『あれっ、カシミヤだ!』とみんな一斉に車を降りてシャッターを押します。群れの中には今年生まれた子山羊も混じってとっても可愛い。カシミヤはかなり臆病で一定の距離に近づくとゆっくり逃げ出します。後で写真を見るとほとんどが後ろ向きの写真ばかり。
ひととおりシャッターを押して、興奮が収まって車に戻り再び半砂漠の一本道を西へ走ります。
30分ほど走って先導の劉さんの車がいきなり舗装道路を外れて半砂漠の中に乗り入れます。車の轍がかすかに残る砂の中に車が入ると頭が車の天井につくぐらいにゆれる道なき道です。
それにしても広大な阿拉善の砂漠の中に点在する牧民の家を探すのは劉さんの案内なしでは絶対に不可能です。
迎えて頂いた杜さん夫婦は父親の代からカシミヤの牧民をやっているという。家の外壁は日干し煉瓦積みで簡素だけれど家の中は思ったより明るい。
杜さんの家族は4人。2人の子供は学校が遠くここからは通えないので寄宿舎に入って週末に帰ってくるのを楽しみにしていると目を細める。山羊のミルクの入ったお茶と羊の油で揚げたという『かりんとう』で迎えていただいた。なかなか美味しい。
カシミヤの収穫は年に一度。冬毛が生え変わるこのシーズンを逃すと採毛を見ることが出来ない。もちろん杜さん夫妻にとっても今が一番忙しいときなので、早速カシミヤの採毛を見せていただく。
カシミヤの採毛はバリカンで刈る羊の毛刈と違って熊手のようなもので長い剛毛の内側にあるうぶ毛を梳きとるんです。始めはカシミヤが痛がるんじゃないかと心配していたけど、カシミヤは案外おとなしい。
ひと櫛ごとにかなりのうぶ毛が獲れます。見事なうぶ毛というのが僕にでも分る長くて細い毛です。
こんな機会はなかなかないのでちょっとやらせてもらいましたが、山羊が可哀想でなかなか思いきって梳けなく、恐る恐るやると『それじゃカシミヤが可哀想』と言われてしまう。杜さんの手つきはさっさっとリズム良く梳いて小一時間ほどで梳き終わりました。
うぶ毛を梳かれたカシミヤはさっぱりして、床屋さんに行った感じです。昼近くになると外の気温は30度を越えています。空気が乾燥しているので汗は出ないけど太陽の光はとっても眩しい。これからは40度を越すような日が続くということなので冬毛のままではそれこそ可哀想。
カシミヤの毛は人間が梳かないと夏毛に変わるときに自然に落ちるか、岩などに擦りつけて毛を落とそうとするそうです。そのような毛は砂が入ったり痛んだりするので今の時期に梳いてあげるのがカシミヤにとっても良いんだそうです。
今回ここに来るまでは人間のためにカシミヤが強制的にうぶ毛を取られると思っていたので、牧民とカシミヤの良い関係を知って、僕らの仕事はカシミヤの犠牲の上で成り立っているんじゃなく、あの可愛いカシミヤにとっても良い事だと知って嬉しくなりました。これを知ったのが今回の旅の一番の収穫だったかも知れない。
杜さん宅からの帰途、地平線まで続くような広大な阿拉善の半砂漠の中を走っていると、白いカシミヤ山羊の放牧の群れが点々と現れます。
長年の想いが実現した嬉しさで一杯でした。