2016.6 カタクリに舞う40年ぶりの恋人
* カシミアおやじのたわごと *
小学校の2年の時の夏休みの宿題で始めた昆虫採集で嵌ってしまった蝶。
将来は蝶の研究者になりたいと真剣に思っていた時もありましたが、「蝶では食えない!」と父親に反対されて職業での蝶はあきらめて生涯の趣味にしました。現在は長~いお休み期間で、リタイアーしたら絶対に復活したい趣味です。
添乗で海外を飛び回っていた1970年代の10年間は、仕事の出張でも網を忍ばせていて機会がある度に蝶を追っかけていました。タイのチェンマイ、シンガポール、台湾の懇丁公園、ケニヤのナイロビ植物園やインドのボンベイの公園で網を振った懐かしい思い出があります。また、マーレーシアのキャメロンハイランドへは友人を誘ってわざわざ採集旅行に行きました。
しかし、蝶の思い出の中で強く残っているのが、岩手県沢内村でのヒメギフチョウという蝶を採集に行った時の思い出です。今から40年以上も前のことです。
九州島原の田舎の貧乏小僧の採集の範囲は生活圏や、せいぜい島原半島内ぐらいで、九州の外など夢の世界で、特に高地や北方系の蝶は憧れの蝶でした。
関東に進学して信州の山岳地帯へ採集に行ったときは長年の希望が叶い至福の時間でした。そして、ついについに、実現したのがこの、沢内でした。
マニアの間で貴重な採集のポイントを教えてくれることは特別の特別。蝶の先輩が岩大教授に生息場所を聞いて、ヒメギフが採集できるかもしれないと言うことで誘ってくれました。
東北の長い冬から覚めた春、カタクリの花が咲き誇る中を清楚なヒメギフチョウ飛び、カタクリの花にぶら下がって蜜を吸う姿を見たときの喜びは今でも忘れられません。
2011年にカシミヤ工場を岩手県北上市に移転した時、また、あのヒメギフに会えるかもしれないと秘かに期待していました。そして翌年、遠藤工場長に頼んで沢内に連れっていってもらいました。
見事なカタクリ花の群落に感動し、昔を思い出しながら必死にヒメギフチョウを探しましたが、食草のウスバサイシンはたくさんありましたが40年ぶりの恋人の逢うことはできませんでした。諦めきれず、翌年も沢内を訪れましたが、カタクリの花はあってもヒメギフには、見つけることはできず、もう生息しないと諦めていました。
ところが偶然に、ふるさと納税の縁で西和賀町の人達との出会いがあり、まだ生息することが分かり西和賀町雪国文化研究所の小野寺所長さんと役場の畠山課長さんの案内で、40年ぶりにヒメギフチョウに逢うことができました。
40年前、初めて見たときは高熱を発するぐらい興奮した想いがありますが、今回は懐かしい気持ちでいっぱいでした。
やはり、求め続けることの大事さをつくづく感じます。