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日光金谷ホテル  日光・栃木

 日本は、海外からのお客様が1千万人を超すことが長年の悲願でしたがなかなか達成することが出来ませんでした。2012年以降訪日外国人が急速に増え2千万人を超える勢いで、インバウンドという旅行業界用語が普通になってきました。

 その、インバウンドのお客様を泊めたことで出来た日本で最初のリゾートホテルが今回の日光金谷ホテルです。

切っ掛けは、ヘボンさんというアメリカ人で、「和英辞典」を作り、私たちが使っているヘボン式ローマ字を教えてくれたあの人です。金谷ホテルというより日本のホテル史にとっても重要な人物です。

 

 1872年、長く鎖国で閉ざされていた日本に布教で来日していたヘボンさんが日光東照宮を見るために訪れて泊まるところに困っていたヘボンさんを金谷善一郎が泊めたことが切っ掛けで、外国人に部屋を提供することをヘボンさんに勧められて始めたのがこの日光金谷ホテルの始まりだといわれています。

 その後1878年、イギリスの女性探検家のイザベラバードがヘボンさんの紹介で宿泊した時の様子が「日本奥地紀行」という本に書かれています。当時は金谷カッテージインと呼ばれていて、彼女がここの滞在記事を世界に発信したことが金谷ホテルの大きな宣伝になったようです。ここは今、国の登録有形文化財で大事に保存されています。

 

 学生の頃からクラシックホテルが大好きで、機会を作っていろんなクラシックホテルに泊まりました。日本最初のリゾートホテルのこの金谷ホテルは勉強と称して随分前に二回ほど訪れたことがありますがなかなか泊まるチャンスがありませんでした。

もちろん今回は、金谷ホテルに泊まり当時の雰囲気を味わいたいということが目的でしたが、金谷ホテル誕生の元であるカッテージインを見学することが一番の楽しみでした。

丁寧なガイドさんのお陰で、イザベラバードが滞在していた部屋や通訳兼案内人の伊藤鶴吉の部屋も詳しく案内してもらい、長年の希望が叶いました。

 

 クラシックホテルに泊まることの醍醐味は、古きよき時代に自分を置けることだと思いますが、たまに訪れる我々はノスタルジーを感じて素敵な時間を過ごさせてもらいますが、ホテル側は建物やサービスなどを維持することは大変なことだと思います。建築費も維持費も新しい建物よりずっとかかることは間違いないでしょう。そんなハンディを負いながらも経営を続けることは並大抵のことではないでしょう。

 経済的な応援は出来ませんが、泊まったり食事したりして、気持ちの面で応援したいと思います。

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